藍は古く奈良朝以前から栽培されていたようで、大宝二年(702年)に制定された「大宝賦役令」などにも藍関係の記事が見られすでに八世紀初頭には染料として用いられ、その栽培もかなり広範囲に行われていたことがわかる。
阿波の藍づくりは蜂須賀氏の入国以前、三好氏領国のときから青屋(藍染屋)四郎兵衛が勝瑞城下に来て、初めて藍染めをはじめたところ大変な人気で、大儲 けをしたという話が『昔阿波物語』に記されている。しかしその品種改良や組織的な栽培と加工が本格的に始まったのは、蜂須賀氏入国以降のことである。
乾燥させた葉藍を藍寝床で適量の水を何度もかけては混ぜ合わす作業を繰り返し、発酵させてできた天然の染料が「すくも」であり、それが天然藍染めの原料と なる。すくもの製造には長い月日を必要とし、特殊な技術と周到綿密な管理が必要である。それだけにすくもを製造する職人は尊ばれ「藍師」または「玉師」と 称された。
藩政時代から明治にかけて全国的に名声を馳せた阿波の藍も時代の進展とともに衰退したが、その深いインディゴブルーの美しさとその風合いが評価されだし、また徐々に人気を取り戻しつつある。

 

 

製造風景

よく耕し平らにし、床に種を蒔く。
   

西穂または北穂となるように向きを考え、 よく踏みつけ定植

させる。

   

花の出る直前の梅雨明けを待って藍刈鎌で晴天の日を見計

らって刈り取る。

   

10月中旬頃より気温の下降にともない、一定の温度で

発酵させるのに「ふとん」と呼ばれるむしろを着せる。

   

切り返し作業を13回くらい行う。この時の水の量、

積む高さなどですくもの良し悪しが決まる。
水打ちを管理する人のことを「水師」といい、長年

の経験を必要とする。

 

 

 

 

 

 

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